【コラム -湘南days- 】まだ、旅の途中

生まれてはじめて「仕事」らしきものを意識したのは中学生の頃
何かきっかけがあったわけでもなく、なんとなく新聞記者に憧れた
理由は? と尋ねられても
当時はもちろん、今になっても明確には答えられない

心当たりといえば、正義感か?
昭和40年生まれ、生粋のウルトラマン、仮面ライダー世代
少年探偵団が謎を追って活躍する探偵小説も好きだった

大学では情報学部の新聞ゼミで卒論を書いた
論題はアパルトヘイトに関する新聞大手5社の社説比較
社会の出来事を俯瞰する思考を鍛えられた
一方で、新聞記者という職業には違和感を覚えはじめていた

卒業後の就職はケーブルテレビ放送局、ローカル番組の制作
地域の出来事や人を取材して、原稿を書いて、映像を編集する
力まかせに働いて、聞き伝える感性を鍛えられた
そして、過労で入院したのが20代後半
沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読みながら
病室のベッドで人生という旅を考えてた

いまは、サラリーマン(大学職員)として働きながら
キャリアコンサルタントっぽい複業がライフワーク

「夢の実現に向けて」と言えるほど見事に生きているわけではない
「どうせこんなものだろう」と投げやりに生きているわけでもない

私だけではなく、多くの人がそんな風に生きているのかもしれない
そういう人の生きている時代を俯瞰しながら、人生物語を聴き記す
そして、語り手とその大切な人たちに伝え返して残す
そういう「為事(シゴト)」をしたいと、ぼんやり意識している

新聞記者に憧れた頃から45年になろうとしている
まだ、旅の途中
正義感も、もう少し手放さずに持っていることにしようかな

この記事を書いた人

宮城県出身。妻と高校生の娘、柴犬1匹と鎌倉に暮らすキャリア・コンサルタント。ライト・キャリア・ガーデン代表。本業は大学職員。

大学卒業後、CATV放送局で地域情報番組の制作に5年間従事。その後、大学事務局へ転職。配属された部署で就職支援業務に携わったのをきっかけにキャリア支援のシゴトにはまる。50歳を迎える頃、それまでの生活で「やりがい」「働きがい」を職場に依存した人生だったことに気づく。現在はプライベートな時間をつかって、ライフ・キャリアデザインを支援する仕組みづくり、場づくりを目指して地域でパラレルキャリアを実践中。

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