今回のゲストは、画家の田中健太郎さん。雑誌や書籍などのイラストレーション、プロダクト制作、壁画や空間演出などさまざまなプロジェクトに携わり、ライプツィヒで行われた「世界で最も美しい本コンクール2019」では栄誉賞を受賞するなど、国内外で活躍されています。世界的なパンデミックが起きた2020年でしたが、田中さんはいま、芸術を通して何を見つめ、何を感じているのでしょうか。
*2020年10月22日~11月21日に開催された田中さんの個展「地点」の会場 hpgrp GALLERY TOKYOにて、お話を伺いました。
「地点」、いまの自分の位置
昨日(10月23日)から個展が始まりましたが、タイトルの「地点」というのは、どうやって生まれたんですか?
タイトルは、そのとき腑に落ちたものしかタイトルにできないので、その感覚と言葉を擦り寄せていく。字を探したり、思っていることをメモしておいたり、あまり考えすぎてもしょうがないから放っておいて、またDMを作ったりする時間があるから、その締め切りに合わせて決める。「ああ、きっと今回は “いまの位置” みたいなことを描きたいなぁ、いまの自分がどんなもんかというのを見たいな」と思っていたので、「地点」がきっといいはずやなって。
今回は、絵は全部でいくつあるんですか?
30点弱かな。
30点弱制作するのに、だいたいどのくらいの期間を要しているんですか?
描き出しているのは4月の頭くらいからかな。でもその前に違う紙でやったり、試したものがつながっていったりするから。このキャンバスの絵を描き出したのは4月の頭か、半ばという感じかな。
自分がいま、どこを見ているのかを見たい
ほとんど新作ですか?
全部新作です。
うわぁー、すごいですねぇ!
基本的に展覧会は全部そのときの新作で行きたい。その時描いたものでないと次には出せない。やっぱり絵は「なまもの」やから。でも流行りみたいなところでは描きたくないなと思ってます。
「なまもの」とはどういうことなんですか?
やっぱりいまの自分を入れたいから。そのときの気持ちを、絵のモチーフである動物の形を借りてしゃべっている、みたいなところがあるから、半年経ったり、1年経ったり、10年経ったら変わる。時代によって変わらないものを描きたいとは思っているけど、やはりその時代によって自分が変わっていくので。だから「地点」というのは今年、いま、自分がどう感じてる? とか、展覧会を今年やれる意味もそうですけど、自分はどこを見てんのかなぁ、その見ている自分を見てみたいなぁと。
ゼロから始めているからグラつかない
コロナ禍で緊急事態宣言が出され、イベントや展覧会などができない状況もありましたが、それを経た上で今年やる意味を感じられたという背後には、どのような思いがあるんですか?
その時をどう過ごすかで価値は決まるような気がする。筋トレをずっと続けてないと、やっぱりダメでしょ? この展覧会は10月にやるというのが決まっていたので、「その期間中にお前何してたん?」て言われたら絶対嫌やと思って。今年回ってきた展覧会に、いまやれる意味は絶対にあると思うし、そこで幸せを感じながらやっぱり何か自分を発揮したい。そんなこと(パンデミック)でグラつくような仕事をいままでしてきていない。僕にとって絵は仕事じゃないというか、自分の考えですが、何かを持ってる人や仕事をやってる人が、それが減ると、その減った分の差額でグラつくわけでしょ? 絵描きはゼロから始めてるから。いまはごはんも食べられるようになったし、でも飯が食えないからってやめようと思ったこともないし、そんなものと一緒にしないでほしいって思う。そもそも社会を良くしようと思って絵を描いてきたわけでもないし。
小さい頃から絵が好きで、大学に行ってプロのイラストレーションやデザインに触れ、自分もこうなりたいと思った。とにかく「見てもらいたい」と展覧会をやったり、描くチャンスが欲しくて売り込みに行ったりして、それがだんだん仕事になってきた。絵が好きという気持ちは変わってないけど、表現の伝え方が、プロというかお金をもらうようになったら、ちゃんとTPOを合わせて伝えないと伝わらないってこともある。でも基本は僕は目の前のことばっかりなので、あんまり変わっていない。
絵が好きだから見てほしい。見てほしいからまた描く。
自己表現の部分と、それが仕事になっていくというところの、その段階って何かあるんですか?
それはない。絵をすっごい好きになって、なんでこの人の線はこんなに魅力的なの? 俺が描くと全然違う、じゃあ線の練習しよ、右手で描いたり、左手で描いたり、もっと良くなるかもしれん、でも良くならん、じゃあ足でやってみよう、まだあかんなぁ…そういうことをずっとやって。学生の時は寝てるんだけど24時間絵のことを考えてるって言えるくらい、絵が好きになった、絵に出会った感動みたいなものがずっとあったから、そこで真似して描いて、友達に見せて。友達はお世辞で「いい」って言ってくれて、それを鵜呑みにしてまた描く。それを毎日やる。それをどんどんやっていくと、なんかちょっと知ってくれてる人が増えたり。知ってくれたら天狗になるから「俺、いいやろ?」って言いたいし、見てほしい。その連続。
大学の先生とか、東京のデザイナーとか、だんだん好きな人が出てきて、その人に会うために東京にファイルを持って行って、そこで会えたら、また会いたいから来週土曜日にまた夜行バスに乗らないといけない。夜行バスに乗るには新しい作品がないと会う理由がないから描く。だから僕は基本「人」なんです。こういう人になりたい! と思える先輩たちがいてくれたから。いま思えば本当に幸せな時間でした。
自分なりの「ものすごく好きなもの」と出会う幸せ
作品の向こう側に「人」がいるんですね。ここ数年は子どもたちに向けたワークショップもやっていらっしゃると思うんですが、作品の奥に子どもがいるときって、どんな感覚なんですか?
今はワークショップに来た子どもに「自由に」って言っているけど、自由になんかなかなかできない。「僕は絵が好きなんやけど、いいと思わん?」って。絵を好きになってほしい。僕は絵で人生を狂わされた。まぁそれはしんどいとか、食えないとかいうのはあるけど、もうめっちゃたまらんのね。そういう対象は人によって何でもいいと思うけど、僕はそういうものを見つけられて幸せだなと思えているんですよ。だから何でもいいけど「私、これいいなぁ」っていうものを見つけてほしいなって。それが別にクリエイティブなことではなくても、食べ歩きでもいいし、映画鑑賞でもいい。でも絵を描くって難しいことではないから、ちょっと飛び越えて「楽しいな」って思ってくれたらうれしい。それは別に子どもとか大人とか関係なく、絵を好きになってほしい。
日常の少しの美しさに気づける方が勝ち
今回は風景画も増えてますね。
うん。風景も入れたかったの、今回は。この絵なんかは、うちのマンションのベランダから見える景色なんですよ、元はね。
えー?!
あんな木は立っていないけど、海が見えて。日常を入れたいと思ったんですね。僕は離れたものじゃなくて近いものを入れたくて。
例えば葉山、鎌倉、逗子…みんなそこに住んでたら、なんかちょっとセンス良さそうに見られる。でも僕はヘソ曲りやからそれが嫌いで。日本人みんなが好きな「田舎っぽい田舎」じゃない田舎、っていうのがあるわけよ。国道沿いにファミレスがあったり、カー用品店があったり、そういう田舎がある。でも、そこにも美しいものはあって、ちょっとのことだけど、そのちょっとを楽しいと思えたら勝ちだと僕は思ってて。
あかりちゃんが美しいなと思う風景を、僕は美しいと思っていなかったり、逆もあるかもしれない。そういう違いが少し見えたときに、へぇーって思ったり。それは関心のある人が言わないと、興味ない人が言っていても別にどうでもいいことやんか。でもこの人が言っていると何か素敵に聞こえてきたり、自分のことを面白おかしくやっている人たちを見ると、自分もその仲間に入れてほしいなって思うし、そう思われたいやん? なんか、良さげに(笑)
良さげに(笑)。健太郎さんは、いつお会いしても、ずっと正直っていう印象。
それはやっぱり「良い人」に思われた方がいいんじゃない?(笑)
それはそうですよね(笑)。その方が良い循環も生まれるし。私は健太郎さんの作品を見たり、言葉を聞いたりすると、ググッと歯車が動き出す感覚があって、それは力強さなのかな。「自分を信じたらいいじゃん」みたいなそういうものをいつも感じて、力をもらっています。
*撮影・収録:hpgrp GALLERY TOKYO https://hpgrpgallery.com/
今回のゲスト
田中健太郎(たなかけんたろう)さん
滋賀県出⾝、横須賀市在住。名古屋造形芸術大学でグラフィックデザインを専攻した後、絵描きへ転向。現在は雑誌や広告、書籍等へのイラストレーション、企業やブランドとコラボレーションしたプロダクト制作、空間演出、壁画、ライブペインティング、個展などさまざまな活動を行なっている。著書『Bon Voyage!猫と旅する、不思議な世界のぬりえ』(日本文芸社)、『the first』(パリの子ども服ブランドBonpointより発刊)。2019年には「世界で最も美しい本コンクール」栄誉賞を受賞。
▼田中健太郎オフィシャルサイト
http://www.kentarou-tanaka.jp/
▼田中さんのInstagram
@kentaroutanaka
https://www.instagram.com/kentaroutanaka/?hl=ja