【鎌倉FM 第47回】出会いの集積がもたらす個性

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ラジオ収録 後半

今回のゲストは、奥鎌倉で「麹屋sawvi」を営む寺坂寛志さんです。あなたの暮らしを形づくる衣食住は、どのような理由で選択され、構成されていますか? そこに表れている「世界観」は、あなたの生き方や価値観、積み重ねてきた行動を映し出していると言えます。寺坂さんがお店を通して人々に伝えたい「麹のある暮らし」の魅力、そして寺坂さんにとっての「働く」とは?

目次

海外留学で気づいた「麹屋」というアイデンティティ

小松

まずは寺坂さんのお店をご紹介していただけますか?

寺坂さん

はい。鎌倉の浄明寺という、奥鎌倉と呼ばれるエリアで「麹屋sawvi」を営んでいます。「sawvi」は、「物を身につける=装備する」という意味の造語です。日本に脈々と続く麹の魅力をお伝えし、それを身につけていただくという趣旨の麹屋を、衣食住のテーマで運営しています。基本的には飲食業がメインとなっており、麹をふんだんに使った定食やスイーツ、ドリンクなどを提供しています。私の実家が農業と麹屋を兼業でやっており、その農作業で使う農作業着を日常着としてプロデュースしたものを販売していたり、麹をより身近に感じていただけるワークショップとして、味噌づくりや麹の使い方の講座を定期的に店内で開催したりしています。

小松

ご実家が農家なんですね。ご出身はどちらなんですか?

寺坂さん

福井県です。日本海側で代々、米麹屋を米農家主体で営んでおり、私も小さい時から農業や麹が気づいたら隣にあったという生活を、36年間過ごしてきました。

小松

勝手なイメージですが、寺坂さんお肌がきれいですよね!

寺坂さん

ありがとうございます(笑)

小松

麹の影響もあるのかな、なんて思いますが、この衣食住というものを麹を通して伝えているお店「sawvi」ができたきっかけ、つくろうと思ったきっかけはどういうものだったんでしょう?

寺坂さん

町から「麹屋」というものが姿を消していまして、お魚を魚屋さんに買いに行くように、麹を麹屋さんに買いに行くという生活の中の様式が、どんどん薄れて来ています。そこに危機感と言いますか、「もったいない」という考えをずっと抱いていました。実家の麹屋を継ぐのも良いのですが、独立して新しく麹屋をつくりたいと思ったのが一つのきっかけです。いわゆる味噌づくりや甘酒のブーム、菌活や腸活の流れにも表れているように、麹というものが見直されて来てはいますが、まだ圧倒的にマイノリティだという感覚は、ワークショップや麹のお話を通して感じる所です。一部の方には着々と浸透しているのですが、全体を俯瞰して見ると本当にどんどん薄れて来てしまっていると感じます。

小松

確かに私自身も、お味噌は買うものとか、甘酒は買って飲むものというイメージがあります。なかなか自分でつくる機会は幼少期からなかったなと思います。寺坂さんにとっては麹は当たり前の存在だったと思いますが、今お話しいただいたように俯瞰的に捉えるようになったきっかけは何かあったんですか?

寺坂さん

私自身の人生観もそうですが、大きく変わったのが25歳の時です。カナダのトロントで4年間近く生活をする中で、日本文化全体というよりは私自身の人生を一旦俯瞰して、自分が何をしたいのか、何を表現したいのかを考える時間が豊富にあり、その中で、自分の手に職がない、自分が何者かを証明するものがないという所にすごく落胆した時代があったんです。そこで「自分が何者であるか」というのを考え直した時に、実家の「麹屋」というものが自分の中に大きな礎としてあることに気づき、自分の表現の場で麹というものを使って、何か新しい形を提案することができたら、誰かを幸せにすることができたらいいなと思ったのが、その留学期間で培ったもの、私が自分の人生を俯瞰できた瞬間だったのかなと思います。

小松

海外経験が、自分のアイデンティティを見直す一つの大きなきっかけだったんですね。じゃあ、新たに勝ち取っていったというよりは、自分の中にすでにあるものとか、当たり前にあったものを紐解いていったような感覚ですか?

寺坂さん

そうですね、おっしゃる通り、自分の中にあったものの魅力に気づいていったという感じです。自分の中にあった時は全然気づかなかったものが、冷静に俯瞰して見た時に、実は楽しい世界、面白いものを持っていたんだなと。それをお伝えすると、周りの人がすごく驚いたり、喜んだり、そういう反応を見るのが好きだということに気がついて、なんとなくですが今のこの「sawvi」の形を徐々に組み立てて行きました。元々自分が持っていたものの中に全て眠っていたのかなと。ただ、それに若い頃は気づかなかったんですね。そんなことがいろいろ勉強できた留学経験でした。

内臓が整うと受け容れられる。次へ向かう活力が湧く

小松

とはいえ、実際に味噌をつくったり、麹のある暮らしは、ご自身が単身だった時もされていましたか?

寺坂さん

圧倒的にできなかったですね。

小松

それはなぜでしょう?

寺坂さん

やはりカナダという土地柄、麹がなかなか手に入らないですし、お味噌も買わなきゃいけないとなった時に、逆に失って初めて気づく魅力もありました。「あっ、うちにあったのはこんなにおいしかったんだ! あれはこんなにすごかったんだ!」ということにやっと気づけたという経験がありました。

小松

そういうつくり方やなじみ方というのは、ご自分の中で幼少期に得ていたものですか?

寺坂さん

そうですね、もう当たり前のように身近にあったので、気づいたら体得していたという感じです。手伝いというんですかね、土日は借り出されて田んぼに出るとか、味噌づくりをするとか、麹蔵に入って麹に触れるとか、だいたいつまみ食いの時間でしたけど(笑)。そんな楽しい思い出と、きつい思い出と、それが全部自分の手仕事として身についていたという感じです。

小松

身の周りから無くなって改めて気づいた麹の魅力って、何でしょうか?

寺坂さん

圧倒的に「体が欲し始めた」というのはありました。体感としては、朝起きるのがきつくなったり、軟水・硬水の違いも影響していますが、お腹の調子が良くなかったり。そんな時に「麹飲みたいな」ってふと思ったんです。麹を飲むとお腹の調子が整うとか、朝スッと起きられたりとか、そういう体の調子をメンテナンスしてくれる魅力にも改めて触れることができたという体験があります。

小松

体が整っていくことでのメンタルの変化などはいかがでしたか?

寺坂さん

やはり内臓が整っていると、何かを迎え入れる準備がすごく整う。それは食事に限らず、これから仕事を頑張るぞとか、勉強頑張るぞとか、新しい出会いに向けて一歩踏み出すぞとか、何か活力が湧く気がしますね。

人との出会いの集積がお店の強み

寺坂さん

私も今までの人生を振り返ってみると、決め打ちで動いたことは本当になくて、その時に出会ったモノや人、場所などを、「運命的に」というか、大事にしたいなと思う所があります。この鎌倉という土地も、お店をつくる場所として数多くの土地を探していた中で、候補に挙げていた土地の一つです。たまたま物件を見に来た初日に1つ目で決めてしまったのですが、この後別の出会いがあるんじゃないかという所に希望的な何かを見出して時間を費やすよりは、「今ここで出会ってしまったから、ここでやっちゃおう!」という、だいぶ思い切ったなぁという経緯ではありました。

小松

お店をオープンされてから何年目なんですか?

寺坂さん

4年と4ヶ月になりますね。

小松

今だから思う「決め手」って何でしょう? どうしてこの土地に惹かれたんだと思いますか?

寺坂さん

まず下調べの段階で、鎌倉に麹屋というものがない、というのが1点。「鎌倉に糀屋として根を張れたらいいな」という思いで土地探しの1日目にここへ来たんですが、町の中でも商業的すぎず、住民のみなさんが生活の場として住んでいるこの浄明寺というエリアの閑静な感じ。自然も身近にあって鳥や昆虫もたくさんいて、袋小路の突き当たりに当店はあるのですが、ちょっとアニメの1シーンに出てきそうな一角。そういう少し離れた、隠れた場所というこの雰囲気も相まって、「ここかな」と本当になんとなく抽象的な感じですが、それで決めました。

小松

まさに「奥鎌倉」という言葉がぴったりの、自然が深いエリアですよね。寺坂さんご自身も現在、この浄明寺のエリアにお住まいですよね。暮らしてみて、鎌倉はいかがですか?

寺坂さん

「観光地」というイメージがあったので最初は人が多いのかなとか、交通の便がどうかなという不安もあったのですが、いざ住んでみると「住めば都」と言うように、本当に人の気持ちよさというか、つかず離れずの距離感が良い。上品な方も多いですし。尖ったお店が多いと言うのも、私は鎌倉の一つの大きな魅力かなと思っています。繁華街だけではなく、鎌倉には、都内には到底ないような、ご店主の世界観を体現されているすごく尖った面白いお店が数多くあります。まだまだディスカバーできていないのですが、そこを探すのも休日の楽しみだったりします。住んでいても本当に良い場所だなぁとしみじみと感じています。

小松

「尖ったお店」という表現が面白いなと思いましたが、麹を通してものづくりをすることにおいて、寺坂さん自身がこだわっているとか、尖っていきたいと思っている点は、どんな所にあるんでしょうか?

寺坂さん

そうですね、尖っている部分が私にあるかは甚だ疑問ではありますが(笑)、先ほどのお話でも触れたように、私は「出会い」というものに非常に敏感というか、とても惹かれるものを感じていますので、やはり「人」というものを大きなテーマに掲げています。今、うちでは衣食住というテーマでやっていますが、それも全て出会いの中で培ったもので、私が体現しているものというよりは、出会った人が、例えばアパレル界で縫製に関してすごく詳しい、第一線で活躍されている「MADE IN JAPAN」の代名詞のような方だったり。
 
飲食の方も、元々はごく簡易な軽飲食で麹を紹介しようということで始めたのですが、うちのお店のスタッフをはじめ、関わるみなさんが自分の持っている料理の技術やレシピなどを惜しみなく提供してくださって、麹の魅力をより伝えられるようになりました。私のワークショップも同様に、私だけの力ではなく、いろんな方が広報に力を注いでくれて、今は予約も取れないくらい盛況になっているんですが、本当に私一人では体現できなかったものが、出会いによってなされて行ったという感じです。
 
出会いの中でできること。自分とその人との間でできること。それが、うちが発信できる、うちだけにしかないサービスやアイテム、機会になるのかなと。それが「尖った」部分というか、うちの強みなのかなと思っています。

「働く」とは、人とのつながりを深めて行くこと

小松

今、「暮らし」と「仕事」が寺坂さんにとって非常に密接になっているんじゃないかと思うのですが、いわゆる「ON/OFF」ってあるんですか?

寺坂さん

そうですね、今は物理的にON/OFFがない状態になっています。というのも業務が本当に多岐に渡っているので、寝る間を惜しんで料理の仕込みをするとか、休みを返上して出張に行き、洋服の生地づくりや打ち合わせに勤しんだりとか、ON/OFFなくやってはいます。ただ、その仕事の中に自分のOFFの楽しみもたくさんあります。例えば自分が麹をつくることや、農業、外仕事…それを自分のお店の洋服を着てできるという瞬間は、何物にも変え難い喜びです。そんな感じでON/OFFというよりは、今は仕事しかしていないような生活ですが、その中で楽しみを見つけながらやっているという感じですね。

小松

しんどくなったりすることもありますか?

寺坂さん

あります。

小松

そういう場合、どんなふうに自分をリカバリーしていくんでしょうか?

寺坂さん

そうですね、自分の機嫌の取り方は、とにかく「人とお話しすること」としています。自分を見失いそうになった時、自分のことをまっすぐ見てくれる、それから自分がその人と話していく中で、自分自身を俯瞰して見ていけるようになって、自分が今どういう所に立っているのか、そしてどこへ向かっているのかという道標を見つけることができる。そんな自分の気をまっすぐ保ってくれるのも「出会ってきた人たち」なのかなと感じています。

小松

忙しさの中にいると、自分がどこに立っているのか、何をやりたいのか見失う瞬間ありますよね。そういう時は、寺坂さんにとっては人とおしゃべりすることで現在地を確認して、また戻っていくんですね。

寺坂さん

そうですね。幸いにもお客様だけではなくて、うちのスタッフのみなさんも本当に素敵な人ばかりで、日々の業務の中でお話ししていて癒されることや、正されることもたくさんあるので、仕事、仕事の人間ですけど、そこが救われている部分なのかなと思います。

小松

周りの方への感謝を素直に受け入れられているのも、やはり「麹」のおかげなんでしょうかね(笑)。受け入れ態勢がしっかり整っているからなのかもしれません。

寺坂さん

そうかもしれませんね(笑)

小松

改めてこの「sawvi」というお店、そしてものづくり・コトづくりを通して、今後どんなことを伝えていきたいでしょうか?

寺坂さん

麹というものが日本に2000年近く文化として残っている。それはなぜ残っているのかというと、やはり親和性の高さというか、圧倒的に敷居が低くてどなたにも身につけていただけるからだと思います。そんな麹の魅力を伝えていく中で、麹だけではなくて人とつながっていくことで自分の世界観も広がっていくし、「自分が、自分が」ではなくてみんなで楽しいことをしようねということが伝わるといいなと思っています。「共同体」ということではないですが、やはり人間は一人では生きていけないと思っていますので、コロナ禍もあって、人との距離感を図りかねる時代になってしまったからこそ、人の体温が感じられる距離感・つながりをもう一度思い出してほしいというか、それを伝えることができたら、麹を通して何か大事なものが伝えられたのかなと。それを体現できたらと思っています。

小松

お一人お一人が持っているアイデンティティとか遺伝子的なレベルで覚えている記憶みたいなものを呼び覚ますものなのかもしれませんね、麹という文化が。最後になりますが、寺坂さんにとって「働く」って、どういうことでしょう?

寺坂さん

私にとって「働く」ということは、とにかく人とのつながりをより深いものにしていくことだと感じています。先ほどもお話しした通り、私一人にできることはすごく限られた本当に小さなことで、それをみんなが寄り集まって大きなものに変えていく。それが私にとっての「仕事」であり、「働く」ということは、その人たちとの関係を深めていくことだと思っています。

& Column
どこまでが「自分」なのか?
実家の農業と麹屋を継ぐのではなく、幼い頃から自分の心身に同化した「麹のある暮らし」とその精神を、自分自身の感性を通して新天地で表現している寺坂さん。菌たちが元の株から離れて新たなコロニーを形成し、そこからまた増えて行くように、寺坂さんがしているのは家業や文化の新しい継承の仕方と言えます。印象的なのは、寺坂さんの周辺に、目には見えない命のつながりの空気感を感じる所。まるで、麹という微生物でお腹からつながった人々が、命の音色を響かせ合っているようです。その結果として生まれる人間関係の柔らかさや、できあがるもの・場所の心地よさと安らぎ。こうした世界観に包まれることこそ「sawvi」が提案する「麹のある暮らし」の在り様なのかもしれません。「個」を表現し主張することが奨励される時代になりましたが、果たしてどこまでが「自分」なのか? 自分を取り巻く人間関係や環境も含めてつながり合った「自分自身」だとしたら、あなたが感じ、つくり出す「心地よい」「快適」「すこやか」「自然体」などの範囲は、どの辺りまで広げられそうでしょうか。
(森田マイコ)

今回のゲスト

寺坂寛志(てらさかひろし)さん

福井県で代々米農家と麹屋を営む家に生まれる。25歳〜29歳を留学先のカナダで過ごし、2000年続く麹の文化と自分のアイデンティティを見つめ直したことで新たなスタイルでの麹文化の継承を志し、2018年に鎌倉市の浄明寺にて「麹屋swavi」をオープン。麹をふんだんに取り入れた食事の提供の他、味噌づくり等のワークショップや、農作業着を普段着にアレンジしたアパレルブランドの展開など、衣食住による暮らしの提案を行なっている。

Instagram▶ https://www.instagram.com/sawvi_shop/?hl=ja
Website▶︎ https://sawvi.jp/

ナビゲーター

(左)小室 慶介/(中央)こまつあかり/(右)河野 竜二

こまつあかり
岩手県出身、鎌倉在住。
ナローキャスター/ローカルコーディネーター
地域のなかにあるあらゆる声を必要な人に伝え、多様なチカラを重ね合わせながら、居心地の良い「ことづくり」をしている。
Instagram @komatsu.akari
@kamakura_coworking_house @fukasawa.ichibi @moshikama.fm828 @shigototen
湘南WorK.の冠番組である鎌倉FM「湘南LIFE&WORK」のパーソナリティを務め「湘南での豊かな暮らしと働き方」をテーマに発信。多様性を大切にした働き方、それが当たり前の社会になること。その実現へ向けて共創中。

小室 慶介(こむろ けいすけ) 
湘南鵠沼育ち、現在は辻堂在住(辻堂海浜公園の近く)。
長く東京へ通勤するスタイルでサラリーマンを経験。大手スポーツ関連サービス企業にて、事業戦略を中心に異業種とのアライアンススキーム構築を重ねるものの「通勤電車って時間の無駄だよな」という想いがある日爆発し、35歳で独立。幼い頃から「自分のスタイルを持った湘南の大人たち」に触れて育った影響か、自分自身で人生をグリップするしなやかな生き方・働き方を模索し始め「湘南WorK.」を立ち上げる。相談者が大切にしていることを引き出しながら、妥協のないお仕事探しに伴走するキャリアコンサルタント。

河野 竜二(こうの りゅうじ) 
神奈川県出身、湘南在住。
教育業界10年間のキャリアで約2,000人の就職支援に関わり、独立。キャリアコンサルタントとして活動する。それと同時に、”大人のヨリミチ提案”がコンセプトの企画団体「LIFE DESIGN VILLAGE」のプロデュースや、日本最大級の環境イベント「アースデイ東京」の事務局など多岐にわたって活動する。湘南が誇るパラレルワーカー。

この記事を書いた人

文筆家。2007年~2018年まで鎌倉に暮らし、湘南エリアの人々と広く交流。
現在は軽井沢に住み、新しい働き方・暮らし方を自ら探求しつつ、サステナビリティやウェルビーイングの分野を中心に執筆活動を行っている。

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