【鎌倉FM 第31回】大切なものの未来へのつなぎ方

今回のゲストは、全国の棚田で育てられたお米を使ってアイスを製造する、株式会社BEATICE代表取締役の山口冴希さんです。SDGsが世の中のスタンダードになった今、未来に向けたビジネスモデルやライフスタイルは、「社会課題の解決」を伴わなければ成立しない流れになりつつあります。そんな中、棚田を保存すべく立ち上がった取り組み「葉山アイス」の活動に注目。 自然と人間生活の「間」は、どうデザインされていくべきなのでしょうか? そして私たちの暮らしと仕事は、それらの仕組みとどのように関わり合っていけるのでしょうか?

目次

移住した葉山で棚田と出会う

小松

そもそも葉山には移住されたんですよね?

山口さん

そうですね。6年前に都内から移住して。

小松

きっかけは何かあるんですか?

山口さん

きっかけは主人が葉山に遊びに来た時に、海越しに見える富士山に感動して、1ヶ月後に引っ越してしまったんです。葉山がどういうところかも私は分からずに。「海がある」っていうぐらいの認識で。

小松

じゃあ冴希さん的には縁もゆかりもない土地だった?

山口さん

そうですね、子どもの時に海には遊びに来ていたというくらいしか。

小松

実際いかがですか? 移住してみて。

山口さん

もう素晴らしくいい場所ですね。もちろん自然が豊かなのもいいですけど、人と人とのつながりがとても深くて、なんか昭和なところだなっていう、そこが暖かくていいなと思ってます。

小松

少し自己紹介をお願いします。

山口さん

はい。私は「葉山アイス」という、棚田のお米を使ったアイスをつくっています。

小松

棚田でつくられたお米を原材料に入れているということですか? 始まりはどんなきっかけだったんでしょう?

山口さん

最初に葉山の棚田に出会ったのは、あるおそば屋さんに食べに行った時のこと。お店の裏手にすごい棚田が広がっていたんです。なんて美しいんだろうと思って、それが棚田との出会いで、そこからしばらくして当時幼稚園が一緒だったご家族に「田んぼの作業を手伝わないか?」と誘われて行ってみたら、その棚田だった。それがすごくうれしくて手伝うようになりました。

小松

私、人生で一度も本物の棚田を見たことがないと思います。

山口さん

私も初めてでした。葉山の棚田は小さいんですけどね、でもとても素敵なところで。

小松

全国的に見ると規模が小さいってことですか?

山口さん

そうですね、小さいです。

小松

お米の収穫などに関わったのも初めてですか?

山口さん

初めてです。小学校の時に田植え体験などはやったことがあったんですが、最初から種を蒔いて…というのは初めてで。棚田って、お米づくりの前に田んぼづくり、棚田づくりという作業があって、毎年毎年、棚田の枠をつくり替えるんですよ。それをするのがまた楽しくて。

小松

へぇー、すごい! 手間がかかるんですね。土台づくりから。やっぱり棚田とふつうの田んぼとの大きな違いは、そこの手間ですか?

山口さん

そうですね。田んぼ1枚1枚が小さいので、どうしても大きい機械が入らないので手作業でやっています。だから棚田は人手が2倍、収穫量は半分って言われているんですけど、その一方で棚田を美しいと思う人もたくさんいるので、ここから何か楽しいことができないかなと思い、「アイス」という形にして、今、活動しているんです。

たった30kgのお米から、多くの人に棚田を知ってもらうために

小松

すごいなと思うのは、お米を育てたところから、よくアイスを思いつきましたね。

山口さん

お煎餅とかお菓子とかいろいろ考えたんですけど、そもそもその棚田の少ない量のお米から始まった話だったので、量が増えないんですよね。

小松

限界があるんですね。

山口さん

はい。私が最初の1年間、田んぼの作業に参加して、収穫後にみんなで分けていただいたお米が30kgだったんですよ。この貴重なお米から何ができるだろう? と考えて。まずはこの棚田をみんなに知ってもらいたいと思い、お米を食べてもらうのが分かりやすいんですけど、30kgのお米を配ったところで数家族分にしかならないし、何かいい方法がないかと。葉山は海に来るお客さんもいるので、海でアイスを食べてもらって、山の魅力を知ってもらうこともできるなと考え、アイスを思いつきました。アイスにすると、10kgのお米からアイスが1000個できるので、30kgのお米が3000個のアイスになるという計算だから、3000人に棚田を知ってもらえるチャンスができる。

小松

すごい!

山口さん

今思えばとても小さい数なんですけど、その時は30から3000になったので「わー、すごい!」と思ったんですよね。これはイケると思って。

クラファンで工房設立、甘酒メーカーの前で流した涙

小松

とはいえですよ、そこから実際にアイスをつくり始めて今に至るまでの過程が想像つかないんですが、スタートはどんな感じだったんですか?

山口さん

そうですね、最初は工房も持っているわけではないので、OEM、つまり他のアイス屋さんに材料とレシピを持っていって、そこでつくっていただくということをやっていたんです。

小松

初めはそこからなんですね!

山口さん

やっているうちに、他の地方の棚田の方に「うちのお米でもそのアイスができないか」というお話をいただいて、他の棚田のアイスもつくることが決まったので、じゃあ自分たちの工房を構えようかと。そこからクラウドファンディングをやって、いろんな方からご支援いただきまして、無事に工房を立ち上げました。
 
最初は苦労しましたよね、今までの家庭でつくったことがあるというレベルではない量のアイスを作らないといけないし、機械の扱いも初めてなので、こんな小さい部品があったりして、それを毎回取り外したり装着したり…そういうこともすごく大変でしたし、何よりも甘酒を大きい機械でつくらなきゃいけない。甘酒は発酵させてつくるものなので、毎回同じものをつくれるようになるまで、最初は特に苦労しましたね。その甘酒メーカーの前で泣いたこともあります。なかなかうまく行かなくて、お米を無駄にしてしまったこともあったし。

小松

1年目は30kgのお米からですもんね。

山口さん

アイスをお客さんに手渡すときに、やっぱり「お米づくりからしている」という説明ができるってすごく大きくて、なかなかできることではないと思うんです。こんな苦労があるんだよとか、こんなふうにお米が育っていくんだよというところからお話しして、お客さんが想像しながら食べてもらえたらいいなって。お子さんからおじいちゃんおばあちゃんまで食べていただけるものなので、そこがアイスの良いところかなと思います。

棚田の本当の意味を未来へ残していきたい

小松

棚田を伝え残していく意味って、どういうところにあるんでしょうか?

山口さん

棚田で私が作業してすごく魅力的だなと思ったのは、やっぱりそこに「結」の文化があるところです。

小松

「結」?

山口さん

人が集まってみんなで種を植えたり、刈り取った稲を掛ける「ハザ掛け」をみんなでつくったり、棚田が人が集まる場になっているところに魅力を感じたので、そういう場所を残していきたいと私は思いました。日本人のDNAなのか分からないですが、やはりそういう場所を見ると何だか懐かしいなと思ったり、落ち着く感じがあったり、この気持ちはみんなにもけっこうあるんじゃないかと思っていて、そういう場所が続いていくために何かここで楽しいことができたらいいなと思っています。

小松

結文化、素敵ですね。何かみんなで一つの目標に向かって、というのは、今はなかなかないですよね。

山口さん

ないですよね。棚田はそこにいるだけで何だかホッと和むような空間です。ただ単に自然がいっぱいというだけじゃなくて、やはりそういう人と人とのつながりに安心したりする場所なのかなと思いますね。

小松

なるほど。棚田はつくろうと思ってすぐにつくれるものでもないですよね。失ってしまったらもうそこでおしまいになっちゃいそう。実際、葉山の棚田って少しずつ小さくなっているんですか?

山口さん

小さくなっていますね。昔は見渡す限り棚田だったらしいんですけど、今はほんの一部になってしまって。稲作に機械が導入されて、たくさんのお米を一気につくれる方が便利なので、機械の入らない棚田は廃れていきました。棚田は収穫量で言ったらとても劣ってしまうんです。でも、それ以外の魅力があると思うので、そこをうまく、楽しく引き出せたらなと思っています。

小松

技術やテクノロジーにやっぱり押されちゃいますよね。

山口さん

そうですよね、昔は山に棚田があることは、とても理にかなっていたんですよね。山から水が降りてきて、下にどんどん降りていって…っていうのもすごいし、そのことで土砂崩れも防いでいる。そういう意味でもとてもいい場所なので、そういう「棚田の本当の意味」みたいなことを伝えたいですね。私も全く知らなかったし、こうやって関わって知ることもたくさんあったので、みんなにも知ってもらえたら見方も変わるのかなと思うので。

課題解決からの発想ではなく、どうやったら喜びが生まれるか

山口さん

私たちは「課題を解決する」という考えではなくて、「どういう問いを立てるか」を大事にしていて、「棚田を保全するためにどうしたらいいんだろう?」と最初に考えたのではなく、「どうやったらここから喜びが生まれるかな?」というのをまず考えたんです。そうしたことで、私ももちろんワクワクするし、そういうワクワクしているところに人が集まるので、そこが良かったかなと思っています。
 
私たちもこのアイスで棚田が救えると思っているわけでは決してなく、こういうワクワクするものがどんどん連鎖して何かを生み出していけたらいいなと思っています。2021年の3月に、鎌倉の横浜国立大付属小学校の給食でこのアイスを出していただいて、私も小学校へ行き、子どもたちが給食を食べるところを見たり、5年生のクラスで授業もさせていただきました。やっぱり子どもたちはすごいアイデアマンなので、授業では私が教えるんじゃなくて、子どもたちと何か一緒に考えたいと思い、「棚田からどんなワクワクが生まれるかをみんなで考えよう!」ということをやったんです。

小松

どんなアイデアが出たんですか?

山口さん

子どもはとても柔軟なので、棚田の形をキャラにするとか、棚田の米風呂をつくるとか、トロッコ列車を走らせるとか、それで棚田を見るツアーをするとか、棚田の香りのアロマをつくるとか、棚田ガチャをつくるとか。それを町に置いて、全国の棚田の形のキーホルダーか何かが出てきて、それで知ってもらうとか。

小松

これはどこどこの棚田だって分かっちゃうようなね(笑)。子どもは偉大ですね!

山口さん

いや本当にすごいなと思いました。そのアイデアを実現させてあげたいって思っているんです、1個でもいいから。

小松

冴希さんの取り組みが教育にも紐づいたわけですね。すごいですね。

山口さん

なんかこう、「勉強しましょう」って言っちゃうと難しいし、入りにくくなっちゃうんですけど、まず「アイスがあります」って言うとみんなワクワクしてくれるんですよね。それがやっぱりいいかなと。大人も同じだと思うんですが、やはりワクワクするところに人は集まるので、アイスという分かりやすくてみんなが楽しいツールを使って棚田を知ってもらえるきっかけになったらいいなと思っています。

今回のゲスト

山口冴希(やまぐちさき)さん

株式会社BEATICE 代表取締役。移住した葉山で出会った棚田に感動し農作業を手伝いながら、棚田で採れた米を使ったアイスクリームを開発。代金の一部は棚田の保全活動へ寄付される仕組みと共に販売を行なっている。2018年には「全国棚田サミット」に夫婦で出席し、クラウドファンディングで自社工房を設立。葉山から始まった棚田アイスの活動は現在、全国の棚田へと連携が進んでいる。
 
Webサイト▶ https://www.beatice.jp/

ナビゲーター

(左)小室 慶介/(中央)こまつあかり/(右)河野 竜二

こまつあかり
岩手県出身、鎌倉在住。
ナローキャスター/ローカルコーディネーター
地域のなかにあるあらゆる声を必要な人に伝え、多様なチカラを重ね合わせながら、居心地の良い「ことづくり」をしている。
Instagram @komatsu.akari
@kamakura_coworking_house @fukasawa.ichibi @moshikama.fm828 @shigototen
湘南WorK.の冠番組である鎌倉FM「湘南LIFE&WORK」のパーソナリティを務め「湘南での豊かな暮らしと働き方」をテーマに発信。多様性を大切にした働き方、それが当たり前の社会になること。その実現へ向けて共創中。

小室 慶介(こむろ けいすけ) 
湘南鵠沼育ち、現在は辻堂在住(辻堂海浜公園の近く)。
長く東京へ通勤するスタイルでサラリーマンを経験。大手スポーツ関連サービス企業にて、事業戦略を中心に異業種とのアライアンススキーム構築を重ねるものの「通勤電車って時間の無駄だよな」という想いがある日爆発し、35歳で独立。幼い頃から「自分のスタイルを持った湘南の大人たち」に触れて育った影響か、自分自身で人生をグリップするしなやかな生き方・働き方を模索し始め「湘南WorK.」を立ち上げる。相談者が大切にしていることを引き出しながら、妥協のないお仕事探しに伴走するキャリアコンサルタント。

河野 竜二(こうの りゅうじ) 
神奈川県出身、湘南在住。
教育業界10年間のキャリアで約2,000人の就職支援に関わり、独立。キャリアコンサルタントとして活動する。それと同時に、”大人のヨリミチ提案”がコンセプトの企画団体「LIFE DESIGN VILLAGE」のプロデュースや、日本最大級の環境イベント「アースデイ東京」の事務局など多岐にわたって活動する。湘南が誇るパラレルワーカー。

この記事を書いた人

文筆家。2007年~2018年まで鎌倉に暮らし、湘南エリアの人々と広く交流。
現在は軽井沢に住み、新しい働き方・暮らし方を自ら探求しつつ、サステナビリティやウェルビーイングの分野を中心に執筆活動を行っている。

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