今回のゲストは鎌倉を拠点に活動されている陶芸家、林彩子さん。林さんが主宰する陶芸アトリエ「At home works http://athome-works.com/ 」は、日常使いできるアートをコンセプトに日々を彩る器をつくっています。温かみのある油絵のような質感で、どこかほっとする、自然のゆらぎを受け入れたような作品は多くのファンを魅了して止みません。陶芸家として独立して丸10年。女性として、母として、そして陶芸家として、今、林さんが感じていることとは?
鎌倉の古民家をアトリエに
まさに今、いちばんお話を聞きたい方!
本当? ありがとうございます。
昨日眠れなかったですよねぇ。
すごく素敵なアトリエですよね! 小室さんはここは初めてですか?
そうなんです。彩子さんと以前にお仕事でご一緒させていただいたことがあるんですが、その時からこちらのアトリエに伺いたいと思いつつ、なかなか機会がなくて。めちゃくちゃ良い場所ですね!
完全に古民家ですよね。
それを改装して?
そう。もともと古民家で、最初は本当に日本昔ばなしに出てきそうな古民家だったんですけど(笑)
アトリエにするという前提で借りられたんですか?
そうです。独立する前に、いろんな人に「私、独立したいのでアトリエに良い場所があったら教えてほしい」と言っていたら、「ここを引っ越すから良かったら見にこない?」というお話をいただいて見に来たんです。それが10年前。
ちょっと絵を描くような感じで、毎日になじむ陶芸を
10年ですかぁ…。独立前は何をしていらっしゃったんですか?
独立前も陶芸をしていました。特に美大などに行っていたわけではないんですが、好きでつくり続けていて。でも最初から「陶芸でやっていきたい」という気持ちがあり、陶芸教室の講師として働いたり、作家さんのお手伝いをしたりしていて、そこから独立して今、という感じです。
陶芸との出会いは何だったんですか?
雑誌の編集者のアルバイトをしていたときに「自分の気になる記事を集める」という仕事があって、いろんな雑誌を見ていた中に陶芸の女性作家さんの特集を見つけたんです。「こういう感じも作家としてあり得るんだ!」と思ったのがきっかけですね。当時の私は、陶芸家と言えば作務衣を着て、薪をくべて…というものだと思っていたので、その雑誌に出ていた女性作家さんのように、例えばちょっと絵を描くような感覚で、毎日になじむような感じで陶芸ってやれるんだ! とその時に初めて知り、私もやってみたいと思ったんですよね。
へぇー! どこからでもいいんですね、入口は。
入口はどこからでも良いと思いますね。続けることが大事な気がします。私はラッキーだったことに、人との縁があるというか、それが私の持っているいちばん大きな才能で、陶芸の才能よりもたぶんそっちの方が大きくて、周りの人に助けてもらってできたという感じがします。だから誰でもできると思います(笑)
鎌倉の魅力とは?
独立前も鎌倉にいらっしゃったんですか?
独立前はずっと東京にいて、結婚を機に鎌倉方面に引っ越してくることになったんです。それでちょうどここにご縁があって。
水が合いましたか。
水が合いましたね、ものすごく。鎌倉はとても気持ちの良い場所です。規模感が良いですよね。山があって、海があって、文化がある、みたいな、小さい中に全てが揃っていて。ちょっと歩いたら海に行けるし、山にも行けるし、最高ですよね。いちばん良い所じゃないかと思っています。
鎌倉は人のつながりやコミュニティなど、その部分のカルチャーもありますよね。
それは非常にありますよね。鎌倉の駅前を歩いているだけで、知り合いに何人か会いません? 都内で暮らしていると、そんなことってないんですよ。知り合いはたくさんいるはずなのに会わないんですけど、鎌倉は下手したらまちなかで5人ぐらいに会ったりしますよね。
会う会う(笑)、江ノ電で会ったりね。
前に座ってるとかね。本当、悪いことはできないですよね。良い場所ですよ。
独立して10年で見えてきた次の方向性
10年経ちましたけど、いかがですか? 長いでしょう? 10年て。
こないだのコロナの自粛はけっこう大きかったと思っていて、本当に外に出られなかったじゃないですか。でも鎌倉は海も山もあるので、ものすごく助けられたんですよね。それまで少し忙しくしていたので、子どもとただ海にいるとか、そういう時間は取れていなかったんですが、自粛期間の時に「ただ海にいる」という時間がとても良くて。貝を拾って「最高だな、貝」って思ったり。貝の色や形に、なんか本当に感動して。「こういうことだよな」って。狙ってないのにパーフェクト。こういうものをつくりたいなぁって、その時強く思ったんです。
実は今年、一旦活動をストップして自分の作品を見直す時間にしたいと思っていたんです。だけどありがたいことに、やはりお話をいただくとできれば受けたいなと思うから、ずっと仕事を止められなかったんですけど、ちょうどそんな時に自粛期間に入り、展示会が3つほど飛んだんですよね。その時に「あっ、これ、私が欲しかった時間じゃないか」と思って、それで新しい作品に着手したんです。貝を並べて、こういう色がほしいというのをイメージし直して、新しい形と釉薬をつくって。新しい釉薬や作品をつくるのはけっこう時間がかかるんですが、それがちょうど自粛期間中にできた。5種類くらい新作の色ができたんですが、「すごい良い色できた!!」って全部気に入っちゃって(笑)。
この時間があって良かったと心から思いました。やはり独立して10年経って、次の展開かなと思っていたので、そこで気に入った作品ができたことで方向性がまた見えてきた感じがしています。陶芸始めてからはさらに長い時間が経っていますが、最近改めて「楽しいな、陶芸はやっぱり面白いな」ってまたワクワクしています。
変わり続ける自分自身の「今」を作品に
彩子さんの作品にはもうすでにたくさんのファンがいて、でも常に挑戦されているじゃないですか。正解がないというか。自分がつくってきたものを進化させることに関して、恐れを感じることはないですか?
お客さんは「1票を入れてくれている」と私は思っていて、「あなたが陶芸をやっていくことを応援していますよ」って、そういう気持ちで買ってくださっていると思うので、「作風」はもちろんあると思いますが、固まっちゃうよりも、「今の自分はこういうものをつくりたいんだ」っていうふうに、どんどんその人が生きてきてその時感じていることが形になっていくのを見てもらうのが、お客さんと作家の関係性かなと私は思っているんです。
もちろんお客さんが「以前に買ったあの作品を買い足したい」と思う定番の作品も大切にしているんですが、今つくりたいものを見てもらうことも大事にしたい。そしてお客さんの反応が良いと、「良かった! 私が今、良いと今思っているものを、みなさんも良いと思ってくれてるんだ」と思えるし、また1票を入れてくれるという応援の力が励みになって、次の新しい作品がつくれると思っています。
小室さんと以前に、ものづくりをする人に対する講座のお仕事をご一緒させていただいた時に、私は他の講師の方がおっしゃっていた「自分の好きなものが何かをまず知ることが大事」というお話に、改めて「ああ、なるほど!」と思ったんですよね。その方は「私は何が好きなんだろう?」と自分に問いかけて、どういうものに惹かれ、どういうものが良いと思っているのかをたくさん書き出してみることを推奨されていたんですね。
それで言うと、私の場合は抽象的な言い方なんですが、弾かれる感じがするものよりも、ガラスや土みたいに奥に入っていく感じがするものの方が好きだなとか、質感があるもの、例えば布みたいに織ってあるとか、土みたいにザクザクしてるとか、油絵みたいに凹凸があるとか、そういうものに惹かれるなぁって。自分の好きなものをいろいろ書き出してみるのはとても有用な気がします。そしてそれを見ていると、「私の作品の何が私の作品らしいんだろう?」みたいなことが見えてくるんですよね。
私は今までインタビューなどで、「絵を描くのが好きだ」と言ってきたんですが、改めて見つめてみると別に私は大して絵は描いていなくて、「絵の質感が好きなんだ」と気がついたんです。油絵の質感とか、銅版画の質感とか、陰影とか…そういう部分が好きなんだなぁって。じゃあ自分の作品はどういう特徴を持っているのかと考えたら、「絵のようなものが実際に使える」。だから「アートを買うように、日常生活で使えるもの」というのが私の陶芸作品の特徴なんだと、その時に改めてしっかりと言葉になったんです。
独立して5年目にして、ということですよね。いやぁ、常に勉強ですね、本当に。
学ぶことはいくらでもありますね。
林さんは常に何か変化をすることに対して怖がらないというか、吸収というか、自分に染み込ませようとしようとしている感じがあると思います。
パートナーの一言で変わったコロナ期の捉え方
コロナの中での心の持ちようで言えば、パートナーの力も大きいですね。私が意味もなく不安だ、不安だと言っていたら、私のパートナーが「不安かなぁ?」って。彼も音楽の仕事をしているので、ほとんど仕事ができなかったんですよね。なのに全然不安じゃないって言ったからすごくびっくりした。「自分でどうにかできることならいくらでも不安がればいいけど、これは自分ではどうしようもないから不安がってもしょうがない。今できることの中で何ができるかなって考えた方が良くない?」と言われて、スイッチが切り替わった感じ。「本当だ、不安に思ってもしょうがないね! じゃあ今できることはなんだろう?」って。私だったら制作はできる。しかもその時は集中してできる環境にあったので、これはむしろ新しい作品を作るチャンスだと捉えられたし、子どもとゆっくり何もしないで一緒にいる時間も取れると思えたし、意識が変わった感じでしたね。
「手を離れることを楽しむ」みたいなこと、「諦めの良さ」と言ったらおかしいかもしれないけど、そんなことを感じました。以前ご一緒した時に、釉薬を塗るワークショップをしていただいたんです。陶芸って、陶器の形をつくって、釉薬を塗って、最終的にやれるのはそこまで。焼き上がった時に最終的にどうなるのか分からないんですよね。でも、その手を離れるところまでやり切ったこととか、手を離れる楽しさとか、変化を楽しむこということを、林さんはとてもナチュラルにおっしゃっていたんです。「水辺にラクダを連れて行くことはできるけど水を飲ませることはできない」という話がありますが、良い意味での課題の分離というのかな、それをされているから、すごくシンプルに美しく生きていらっしゃるのかなと思ったんですよね。
そっか、どうでき上がるか最終的な形は誰にも分からない。
そうなんです。しかも毎回分からない。いまだに私も分からないですし、どの窯も違うし。でも本当にそこが面白いんですよね。そこが飽きないというか。「わぁー!」って毎回なるんですけど(笑)
へぇー、楽しい!「こうなったかぁ!」みたいな。
そう、「こうなったかぁ!」なんですよ。
今のこの世の中、コントロールできないことへの心構えというか、逆にそれを楽しみにするというか。たぶんよく似ているんですよね。
予測できないことを楽しんじゃう。
しょうがない。
うん。もう、しょうがない。そうなんですよ。
そうなったらしょうがない。でも今やるべきことを、楽しんでやるってことなんでしょうね。
彩子さんとお話ししていると「自立」ということを感じます。彩子さん自身もそうだし、お子さんも、パートナーもそうだし。家族の中の自立もあれば、作品に対しても釉薬をかけてそこから先は自立して良い作品になってねというような、一つ一つの持っている力を信じてあげられる眼差しみたいなものを感じました。
「自立」っていうとなんかかっこいいですけど、自立というよりも「足りないことを自覚」って感じがしますね。足りないから、周りに腹の内を見せるというか、「できないので助けてほしい」という感じですね。それで本当に近所の方から友達から家族から、みんなに助けてもらってやれているという感じです。だからもう本当に「ありがとうございます」しかないですね。そのおかげです。子どももそうやって理解して展示会にも来てくれるし、陶芸をしていることも応援してくれるし。だからやれている感じがしますね。
*撮影・収録場所:At home works http://athome-works.com/
今回のゲスト
林彩子(はやしあやこ)さん
陶芸家。1995年、アトリエ飛行船に所属。1997年、森哲郎氏に教示を受ける。2000年から吉祥寺 陶芸教室むさしの にて10年間講師を勤め、2010年、鎌倉に拠点を移し、アトリエAt Home Worksをオープン。現在も鎌倉に家族と暮らしながら、江ノ電沿線にあるアトリエで作家活動を行なっている。油絵のような質感や銅版画の掠れを思わせる絵画的なタッチと、どこかほっとする自然の揺らぎを受け入れた形が特徴の、日常に寄り添う器を制作している。
At home works http://athome-works.com/