【鎌倉FM 第37回】心を動かし続ける生き方を

今回のゲストは、湘南のライフスタイル誌『SHONAN TIME』編集長の富山英輔さんです。長年、サーフィンや湘南をテーマとした雑誌制作に携わり、2017年にご自身の出版社を設立。自らも湘南に20年以上暮らしながら多くの人々の暮らしや生き方に触れ続けてきた富山さんは今、このエリアの魅力をどう読み解き、これからの可能性をどう捉えているのでしょうか? そして、50代でご自身の出版社を運営するという新たな挑戦にも取り組む富山さんの、人生100年時代の後半戦とは?

Cap:Via https://www.facebook.com/Shonan-Time-1939371529680621/

目次

子どもの頃からの雑誌好き、アルバイトから編集者へ

小松

富山さんは編集者のお立場から、また、湘南エリアの生活者としても、この地域を長く見つめてきたということで、今日はお話を伺うのがとても楽しみです。ご出身も湘南なんですか?

富山さん

いえ、出身は横浜市の鶴見区なんですけど、サーフィンは高校1年生の時に始めました。茨城県の阿字ヶ浦という、とてもきれいなビーチがあるんですが、そこは日本でも非常に早くからサーフィンのカルチャーが始まった場所で、そこにうちのひいおじいちゃんが建てた別荘というか、昭和初期の古い日本家屋の「海の家」って感じの家があったんです。毎年夏休みになると家族でそこへ行って、わりと長い期間滞在し海遊びをして過ごす中でサーフィンもやりたいなと思い、高校1年生の時に始めたという感じです。
 
僕にとってサーフィンは「生活」というか、阿字ヶ浦での夏の生活の中で海辺の暮らし方・過ごし方を教えられたし、楽しんだ。祖父がそこの家にはテレビと電話は置かない主義で、ラジオを流していて、波の音や虫が鳴いているのが聞こえ、カナブンが入ってきたり…みたいな中で、家族でごはんを食べて会話するしかない。そういう暮らしがものすごく印象的というか、いいなと思ってました。湘南も意外と基本はそんな感じですよね。

小松

鎌倉に移住してきたきっかけは?

富山さん

結婚を機にこちらに住みました。いつか住んでみたいなとはずっと思っていました。波の種類が、鎌倉の波が好きなんです。湘南は波がそんなにある場所ではないので、サーフィンできる時が限られているんですよね、特に鎌倉は。全くできないぐらい波がないという時もすごく多い。とはいえ、自分も高校1年生からだから、もう40年ぐらいサーフィンしてるんですけど、あんまりサーフィン、サーフィンと言って暮らすのは嫌だと思ってます(笑)

小室

確かに、あまりそういうイメージは…

富山さん

なるほど、『SHONAN TIME』に関しては、サーフィンという色はわりと意図的に消していますね。礎ですね、まさに。

小松

それがなぜなのかも気になりますが、編集の世界に入ったのはどういうきっかけからだったんですか?

富山さん

雑誌は好きだったんです、いろんな意味で。僕は小学校の4年生ぐらいからサッカーをやっていて、その時も雑誌が好きだったし、「紙のメディアを通して感じる自分が好きな世界」みたいなものがけっこう好きだったんですよ。ただ、雑誌に興味があるからって自分がつくれるとは、ふつうはなかなか思わないじゃないですか。ところがある日、サーフィンの雑誌を見ていたら「アルバイト募集」って出ていたんですよ。で、電話をかけてアルバイトを大学3年生の時に始めたのがスタートですね。

小松

アルバイトからなんですね。

富山さん

そうですね、だからそういう意味では、この雑誌の世界でアルバイトから始めて出版社経営までいっている人はそういない(笑)

小室

なかなかいないですよね(笑)

小松

すごい!

富山さん

最初はまあ小間使いみたいな、何かを取ってこいとか、何かを届けろというところから始まり、それから数ヶ月のうちにカメラを持って、誰それのところに行って小さい記事のための写真を撮って話を聞いてこいみたいな、いきなりもうそういう感じ。いきなり現場って感じで、全部何でもやらせてくれるし、やらざるを得ないみたいな状況になりました。でもそれがめちゃくちゃ楽しくて。やっぱり自分がやったことが本になるって、けっこうびっくりするようなことなので、物をつくっていく現場は楽しかったですね、ワクワクするというか。

湘南の暮らしをテーマにした新しい雑誌づくり

富山さん

26、27歳ぐらいの時に会社を辞めてフリーランスになって、都内のそれこそウラハラみたいなところに仲間とシェアオフィスを借りて、ファッション誌やカルチャー誌の仕事をしていたんです。それからしばらくしてスノーボードがめちゃくちゃ流行ったんですよ。でも新しい世界だからその雑誌をつくる人はあまりいなくて、「サーフィンやってるよね? だったらスノーボードも分かるんじゃない?」みたいなことからスノボ雑誌の仕事をするようになりました。

小室

海から山に。

富山さん

次にロングボードが流行ったんですよ。サーフィンはもともとロングボードだったんですけど、一度はもうほぼ誰もやってないみたいな状態になっていたところに、再びロングボードが流行って、ロングボードの雑誌も出てきて、これまたつくる人があまりいなくて「サーフィンのロングボードの雑誌やってみない?」と言われてやるようになって、気づいたら仕事がまた海っぽくなってきた。
 
それで、今は廃刊しましたが『NALU』という雑誌の仕事をさせていただいていた時に、「なんか湘南の奴らって楽しそうだよな」みたいな話になり、僕はちょうどその頃湘南に住むようになっていたので、「湘南」というキーワードで雑誌ができないかという話が始まって、エイ出版社さんで『湘南スタイルmagazine』という雑誌をつくらせていただきました。僕は湘南に暮らし始めて日も浅く、すごくフレッシュで、この辺の暮らしが楽しかったんですが、雑誌をつくるにあたってはどういうテーマでやるかいろいろ考えました。飲食店のガイドみたいなものやマリンスポーツなど、いろんなテーマがアイデアとして上がりました。
 
ただ、自分が湘南に暮らす中で、この辺の人たちって何をするのも家が中心で、お父さんと子どもが海に遊びに行って帰ってきて庭で何かやっているとか、友達とごはんを外に食べに行くというよりも、キッチンでみんなで料理をしたりバーベキューしたりして、それがなんか面白いなと思っていました。そこで、湘南の暮らしと、その表れとしての家を紹介するというライフスタイル誌『湘南スタイルmagazine』を始めたんです。その後19年間携わらせていただきました。

湘南独特の時間の流れ。好きな場所で暮らしを楽しむ

小松

そんな富山さんが、2017年に新たに自社で創刊されたのが『SHONAN TIME』なんですね。これはどんな雑誌なんですか?

富山さん

基本的なコンセプトはおそらく同じというか、自分がこのまちに対して感じていることを本にしています。ただ意識したのは、少しアッパーな人も嫌じゃない本にしたいというのはあったかな。
 
先ほどお話ししたように、サーフィンの取材などで海外に行く機会も多かったので、例えば分かりやすいところで言うと、ハワイやカリフォルニアもどんどん変わっていってるんですよ。根底は同じだけど変化している。ハワイなんて、昔は赤土で汚れたボロボロのピックアップトラックにローカルの男の子たちが乗ってフリーウェイを走ってる、みたいな光景が当たり前にあったんですね。でも今やそういうのは見かけない。ほとんどの車はピカピカだし、それが良い悪いじゃなくて現実としてそうだし、きっと湘南もそうなっていくんじゃないかなって。そういう人たちが自分の世界じゃないと思うような雑誌にはしたくない。そういう人たちにとっても、なんとなく自分のものだって捉えてもらえるメディアにしたいという想いはありました。

小室

昔の湘南のレイドバックした感じの、ああいうカルチャーが私は好きで、今でもいいなと思ってるんです。でも富山さんのお話を聞くと、それが新しい形に変わっていくことを受け入れられている。その「湘南の移り変わり」みたいなところを、私は少しお聞きしたいです。

富山さん

それを嫌だと言ってしまう「ライフ」って、なんか辛い人生だと僕は思っちゃう。それを拒否すると、あまりハッピーエンドにならないって、なんとなく感じるんです。レイドバックしたビーチカルチャーを好きな人が、もしかしたら生きづらい、昔は良かったと思うのかもしれませんが、逆にそういう方たちは湘南とは違う場所、例えば伊豆・下田とか千葉とか宮崎とか、そういうところに移住してまた新しいカルチャーを始めているのも見ているので。それまでは本当に何もなかったような海岸線が、湘南のカルチャーの影響で新しい活気に湧く方が、僕はいいと思っています。
 
「楽しんでいたい」っていうのはありますよね。もちろんネガティブに感じることもあるんですが、それに囚われすぎるよりも楽しい方に目を向けていった方がハッピーかなと思います。『湘南スタイル』をつくった時から、「湘南に住みましょう」ってことを伝えたかったわけではないんです。それよりも「暮らしを楽しみましょう。好きな場所に住みましょう」ということを伝えたかった。利便性じゃなく、できるだけ自分が好きでいられる場所に住む方がいいと思いますし、たまには家で楽しみましょうとか、そういうことです。

小室

『SHONAN TIME』は「タイム、時間」ということが雑誌の名前にもなっていますが、僕らも湘南WorK.という、湘南エリアの仕事を紹介する媒体で時間軸をとても大切にしているんです。僕らに問い合わせをくださる方々は、自分の時間割を自分で決めたいという人がとても多くて、例えば夕日を見る時間だけはマストなんだとか、家族と一緒にいるこの時間だけは確保したいんだとか、そういう働き方を望んでいるんです。いろんなことにグリップされないで、自分で自分の人生をグリップしていきたいという方が多く、「時間」というものが湘南とすごく紐付いているんだなと実感しています。富山さんが『SHONAN TIME』と名付けられた理由も、何かそういうことに関わりがあるのでしょうか?

富山さん

ネーミングは結構悩みましたねぇ。分かりやすく「湘南ライフ」とかもあるだろうし、「湘南マガジン」でもいいのかもしれないし。できるだけ「湘南らしさ」みたいなことが名前からも伝わるようにしたいとは思っていて。「湘南時間」ということなんですよね、やっぱり。独特の時間が流れている感じがある。東京とは全然違う時間の流れ方をしていることには、とても価値があると思います。それを名前にしました。

常に心が動いている状態でいたい

小松

人生100年時代の後半に入っているのかなと思いますが、富山さんはこれからの人生はどう生きていきたいと感じていらっしゃいますか?

富山さん

あんまりそういうことを考えるタイプじゃないですけどね(笑)。僕は今56歳ですけど、10年後に今の自分を自分が振り返って「あの頃は若かったよな、あの時だったら何でもできたなぁ」って、きっと思うと思うんですよね。だから、そういうふうに思いたくないので、今やれることをふつうにやる、みたいなことですよね。やりたいことを、やらなきゃいけないことを、ふつうにやり続けた時に後半戦どうなっていくんだろう?って。
 
あとね「引退」みたいに閉じたくないっていうのはあります。常に好奇心を持っていたいし、心が動いている状態でいたいとすごく思う。それって傷つくことなんだけど。みんな年齢を重ねると、だんだん傷つかない術を学んでいくじゃないですか。何をすれば自分が傷つくか分かっているから、それをやらないようにするんだけど、あえて傷つく道を選ぶこともなんか楽しい。「痛っ」とか「うわ、やっちゃった」とか「わー、悲しい!」みたいなことを感じていたいというのはあります。

小松

響きますね、これは。

小室

うん。新しいものを楽しみたいということとも通じますが、空気を守るんじゃなくて、変化とか自分が傷つくことでも受け入れて、それが最終的にハッピーになるんじゃないかみたいな。

富山さん

そういう生き方をしたいですね。そうじゃないともったいないですもんね、時間は過ぎていくから。一般的な会社員の方だとそろそろ定年みたいなものが見えてくる年齢なので、今もし自分が本当にそんなことを言われちゃったらどうするんだろう?って。

小室

ご自身が情熱を燃やして、心踊ることに取り組んでらっしゃるからですよね。定年とか、そういう話はもう無しですと。

富山さん

そうですね、できるだけそういうふうにしていたいと思います。そのためには元気じゃなきゃいけないし。元気な方が湘南には本当にたくさんいらっしゃいますよね、びっくりするぐらいの若さで。以前サーフィンの取材でお会いしたドナルド・タカヤマさんというサーファーが、いつまでも若々しく生きていきたいと思うなら、サーフィンというこの素晴らしいスポーツの神秘にみんなもっと目を向けた方がいい、みたいなことをおっしゃってましたね。

小松

海に触れているというところなんでしょうか?

富山さん

地元のちょっと面白いサーファーの先輩は、「なんかドキッとしてるのがいいんじゃない?」みたいに言ってますけどね。

小室

確かに、サーフィンで波に乗って「あれ? これ行けるのかな?」っていうときのドキドキ、ありますもんね。

富山さん

やっぱりそこかもしれないですね。

今回のゲスト

富山英輔(とみやまえいすけ)さん

1965年生まれ。鎌倉市在住。海辺のライフスタイルとサーフィンを主なテーマに活動するライター・編集者。2016年、出版社、株式会社トレスクリエイティブを立ち上げ、2017年に『SURF MAGAZINE』『SHONAN TIME』を創刊。著書に『サーファー真木蔵人』『湘南の暮らしと家』など。
 
Instagram SHONAN TIME▶︎ https://www.instagram.com/shonan_time/
 
オンラインサロン SHONAN TIME LOUNGE▶︎https://lounge.shonantime.com/

ナビゲーター

(左)小室 慶介/(中央)こまつあかり/(右)河野 竜二

こまつあかり
岩手県出身、鎌倉在住。
ナローキャスター/ローカルコーディネーター
地域のなかにあるあらゆる声を必要な人に伝え、多様なチカラを重ね合わせながら、居心地の良い「ことづくり」をしている。
Instagram @komatsu.akari
@kamakura_coworking_house @fukasawa.ichibi @moshikama.fm828 @shigototen
湘南WorK.の冠番組である鎌倉FM「湘南LIFE&WORK」のパーソナリティを務め「湘南での豊かな暮らしと働き方」をテーマに発信。多様性を大切にした働き方、それが当たり前の社会になること。その実現へ向けて共創中。

小室 慶介(こむろ けいすけ) 
湘南鵠沼育ち、現在は辻堂在住(辻堂海浜公園の近く)。
長く東京へ通勤するスタイルでサラリーマンを経験。大手スポーツ関連サービス企業にて、事業戦略を中心に異業種とのアライアンススキーム構築を重ねるものの「通勤電車って時間の無駄だよな」という想いがある日爆発し、35歳で独立。幼い頃から「自分のスタイルを持った湘南の大人たち」に触れて育った影響か、自分自身で人生をグリップするしなやかな生き方・働き方を模索し始め「湘南WorK.」を立ち上げる。相談者が大切にしていることを引き出しながら、妥協のないお仕事探しに伴走するキャリアコンサルタント。

河野 竜二(こうの りゅうじ) 
神奈川県出身、湘南在住。
教育業界10年間のキャリアで約2,000人の就職支援に関わり、独立。キャリアコンサルタントとして活動する。それと同時に、”大人のヨリミチ提案”がコンセプトの企画団体「LIFE DESIGN VILLAGE」のプロデュースや、日本最大級の環境イベント「アースデイ東京」の事務局など多岐にわたって活動する。湘南が誇るパラレルワーカー。

この記事を書いた人

文筆家。2007年~2018年まで鎌倉に暮らし、湘南エリアの人々と広く交流。
現在は軽井沢に住み、新しい働き方・暮らし方を自ら探求しつつ、サステナビリティやウェルビーイングの分野を中心に執筆活動を行っている。

森田マイコの記事一覧

目次