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& Column
手仕事がくれるもの
草木で糸を染め、機織り機で布を織る「染織家」なる存在が、この現代、しかも鎌倉という首都圏に近い場所で生業を得て生きている、という事実にまずは驚いてしまう。AIが台頭してますますスピードを上げていく情報化社会は、「脳化」していく人間の進化の現象の一つに違いないが、それとはまた異なる次元にあるのが「手仕事」の世界。表面的にはマイノリティかもしれないが、歴史を辿れば手仕事に勤しんできた人間の方が圧倒的に多いし、現代も、そしておそらく未来においても、手仕事愛好家あるいは職人という存在が絶滅することはないようにも思える。彼らが、羨ましいほど美しく見えるのはなぜだろう?
一つ目には、自然と調和して生きる在り方。本来は再生可能な範囲内でなら無限と言ってもよいほどのふんだんな恵みをくれる自然から、ほんの少し、必要な分だけいただき、それを材料に腹を満たしたり、日用品を作ったり、またそれを人に分け与えたりして、安心と信頼の中で生きる。その振る舞いには「受け取る」とは何か、「調和」とは、「分を知る」とは何かを知る賢さがある。
二つ目には、「今」を100%生きることの実践者である点。手仕事という一定の所作を繰り返す動きに集中することで瞑想状態を呼び、過去や未来に心をさまよわせることなく、一刻一刻を自分の全部で生き切ることができるし、その過程で忍耐という美徳を学び、エゴを躾けることもできる。
「自由に生きる」「心地よく生きる」「豊かに生きる」「自分と一致して生きる」とは本質的にどういう状態を指すのかを、彼らの日常が映し出しているように思えるのだ。だから惹かれる。
たなかさんにとって「働く」とは「傍(はた)を楽にする」ことであり、大好きな言葉だという。自分ができるささやかなギフトの送り合いで回る循環型社会。何も大きくなくていい。少しずつの思いやりの下で、無理なく全てが調和して、そこにいる全ての人にとって必要なエネルギーが回り続けている世界は、果たして古臭い過去の遺物だろうか? それとも高度な知性と「徳」を持ち進化した人間社会の未来の可能性だろうか?
画面の文字や映像を追い続ける世界と、とりどりの色や匂い、味や手触りに満ちあふれた手仕事の世界とは、同一の場所にありながら、パラレルワールドでもあるのかもしれない。鎌倉、湘南は、それらのパラレルワールドが次元を超えて交錯している稀有な場所だ。脳化した世界の住人が試みに越境してみること、行きつ戻りつしてみることが許される時空なのである。(森田マイコ)
今回のゲスト
たなか 牧子(たなか まきこ)さん
著書に「鎌倉染色彩時記」
第19回自費出版文化賞エッセイ部門賞受賞
女子美術大学芸術学部産業デザイン科工芸卒。
同大学の助手を経て、1997年、鎌倉市二階堂にある昭和初期の古民家を改装し、Khaju Art Spaceを立ち上げる。
地域に開かれた文化施設として愛されるKhaju Art Spaceは、今年で26年になる。
染織家のたなかさんは、鎌倉の里山から季節ごとに植物を採取し、そこから恵まれる色を糸に移して機に向かう日々を送る。布を生み出すことは、人間にとって根元的な仕事であることであると考え、身近な自然の恵への知識と理解を深め、自らの「手」を鍛えることによって、豊かな生き方を実践できることを実感している。