今回のゲストは、一般社団法人日本ブルーフラッグ協会 代表理事の片山清宏さんです。国際NGOである「FEE(Foundation for Environmental Education:国際環境教育基金)」が実施するビーチ、マリーナ、 観光用ボートを対象とした国際環境認証「ブルーフラッグ」。この取得支援と普及促進に取り組むべく、一般社団法人日本ブルーフラッグ協会は藤沢市鵠沼を拠点に立ち上がりました。どのような取り組みなのか、そしてこの団体の周辺に集まる人々の価値観 について、片山さんにお話を伺いました。
世界基準の美しく安全な海を日本全国に広げる
僕は藤沢市の鵠沼出身で、小さい頃からマリンスポーツをやってきました。市役所の職員になって、地域のために何ができるかなといろいろ考えている中で、やはり海が好きなので海岸のゴミ問題に取り組もうと、市役所を退職してこの団体を立ち上げたという経緯です。
公務員だったんですね。どんな職務をされていたんですか?
市役所の1階の窓口にいました。4年間も!
そうなんですか! 改めて、この度立ち上げた「一般社団法人日本ブルーフラッグ協会」はどんな団体なのか、教えていただけますか?
「ブルーフラッグ」というのは、ビーチやマリーナを対象にした世界で最も歴史のある海の環境認証です。一般社団法人日本ブルーフラッグ協会は、このブルーフラッグの取得支援を専門にしている団体です。日本全国でこのブルーフラッグを広げていこうと、その取得プロセスをサポートをするために立ち上げました。私はNPO法人湘南ビジョン研究所で2011年からこのブルーフラッグの取り組みを進めてきました。当時、アジアにも日本にも一つもなかったのですが、まずは地元の湘南からアジア初のブルーフラッグビーチを誕生させようということで仲間と取り組んできて、2016年の4月にアジア初で由比ガ浜海水浴場が認証を取得できたんです。湘南でこれを広げていこうというのが湘南ビジョン研究所のミッションで、現時点で、由比ガ浜と片瀬西浜、そして今年の4月には逗子海水浴場、リビエラ逗子マリーナの4つが取れています。日本では一つの都道府県の中に4つのブルーフラッグがあるというのはもちろん神奈川県だけなので、この湘南モデルを日本全国に広げていこうと、新たに全国をサポートする団体として協会を立ち上げました。
目指すのは海を起点としたまちづくり
このブルーフラッグ認証というのは、いわゆる指標の一つだと思うのですが、この認証が世界に広がっていくことで、どんな良いことがあるんですか?
ブルーフラッグは33個の基準があり、この基準を全てクリアすると認証されるんです。例えば水質ですと、大腸菌群数が100mlあたり250個以下じゃないとダメですよとか、そういう数値基準があるんですね。だから「なんとなくきれいで、頑張りました」というものではなくて、ちゃんとした検査・調査を経て客観的基準を一つ一つクリアしていかなきゃいけない。この33個を全てクリアできたら、世界基準できれいで安心安全なビーチだということが証明されるということなんです。
なるほど、認証に対して基準をクリアしていくプロセスの方が大事だったりするんですね。
そうなんです。だから取得までに何年もかかったりするんですね。ビーチにゴミが落ちていないとか、適正なゴミ箱の数が設置されて、しっかり分別されているとか。あとはバリアフリーですね。障がい者の方が車椅子でいらっしゃった時に「駐車場で車から降りてビーチまで段差なく行けますか」とか、「海の家に入って食事や着替えができますか、シャワーが使えますか」とか項目があるんですね。例えば、車椅子で海の家には入れるんだけど、中で回転するスペースがなくて着替えられないこともありますし、シャワーにしても障がい者の方が力がなくてもノズルが回せるようになっているかとか、細かい項目をチェックしていくんです。そのプロセスの中で一つ一つ海の環境が良くなっていくということですね。
けっこう骨が折れる作業ですよね。まずは行政の意識を変えなきゃいけないし、取得のプロセスにおいては一つ一つの項目をアクションしなきゃいけないから、ものすごく時間もかかるコンサルティングになりますよね。
そうですね。なかなか大変で、地域ごとに全然違うのですが、例えば障がい者用のトイレがあるというのは一つの認証基準なんですね。じゃあビーチに公共のバリアフリートイレをつくるとなると、かなり大変じゃないですか。そうするとこれは当然行政に協力してもらって、そういう要望に予算をつけていくというプロセスになる。予算をつけるためには議会の承認が必要になる、というようにさまざまなプロセスがあるんです。そうすると行政に協力してもらうというのもなかなか大変で時間がかかるし、逆に海の家や組合で改善をしてほしい項目もいろいろあるんです。
私の印象としてはブルーフラッグ認証という言葉を聞いた時に、環境に対する整備なのかなって思っていたのですが、それ以外にも人に対する配慮や個人の意識改革など、クリアすべき項目は多岐に渡っているんですね。
はい、その通りですね。環境認証というと、水とかビーチがきれいなら取れるんじゃないかというふうに思われるのですが、もちろんそれは重要な項目の一つですが、トータルでの海の環境というのが特徴ですよね。単に我々が海をきれいにするというゴミ拾い運動ではなく、最終的には海を起点とした持続可能なまちをつくりたいということです。そういうまちをつくるためにみなさんの協力が必要だと、いつも説明しています。
楽しいから続く。続くから社会に貢献できる。
これって本当に信念がないと続けられないというか、やり切れないことじゃないかと思うんです。片山さんのこの活動の原動力はどこにあるんですか?
よく聞かれますが、一つは本当に海が大好きだったということで、僕はサーフィンをやっていて毎日海に行っていたので、自分の家の庭のような感覚なんです。だからビーチにゴミが落ちてると「おいおい、俺んちにゴミを落として行くな。持って帰れよ」という怒りですよね。そういう感情から始まって、嫌だから自分もビーチクリーンを仲間とやっていたんです。ずっと20年ぐらい。
二つ目には、20年ビーチクリーンをやってきて、ある統計を見たらゴミの量が減っていなかったんです。20年いろんな仲間とやってきて、それは無駄ではなかったですが、根本解決になっていないことにすごくショックを受けて。だから、どうにかこれを根本解決するためにはどうしたらいいかとなると、やはりゴミの発生源、川やまち全体、地域全体で取り組まなきゃいけないと思ったので、それで「ブルーフラッグ」だと。だから、海を汚された、汚れているというのがすごく嫌だったという、そこが原点です。あとは自分が行政にいて、サーファーをやっていて、松下政経塾で学ばせていただき、その自分がこれをやらなきゃいけないなという使命感ですね。
それと、純粋に楽しい! 「よく10年続きましたね」って言われますが、楽しくて毎日毎日やっていたら、気がついたら10年経っていた。子どもたちや高校生、大学生に「将来何をすれば良いかアドバイスください」ってよく言われるんですが、それに対して僕は「仕事は別になんでもいいけど、自分が楽しいと思えることをやった方がいいよ」と答える。とても単純で、楽しいと続けられるんです、タフなことでも。そうすると成果が出る。本当に楽しくて、そのくらい続けてやり切らないと、仕事ってなかなか成果も出ないし、社会に貢献できないということもあるんじゃないかと思います。
1人の小さなアクションが社会を変えるからこそ「教育」を
環境問題の究極は「教育」だと思っているんです。「ブルーフラッグの難しい活動には参加できないけど、小さなことでもできることありますか?」と聞かれて、じゃあまず海の課題を一緒に勉強しましょう、それで自分に何ができるか考えましょうということで、「海の学校」をつくったんですね。いろんな授業の形があるのですが、必ず海の環境問題を学ぶ時間があるんです。結局自分たちの生活の中で、小さいことでもやって行くことが本当に大切だと思います。
例えば小学校の給食で牛乳にストローがついている。それを、僕の湘南ビジョン大学の授業を受けてくれた小学生が、「自分もできることをやりたいので探してみます」ということで、その給食のストローを使わないというアクションを始めたんです。でも飲みにくいわけです。そして最初は友達に馬鹿にされたから、髪の毛で隠しながら飲んだって言うんです。学校の先生に「友達にも広げたい」って言ったら、まあ衛生面とかいろいろあるんでしょうね、それはやめなさいと言われたそうなんです。でもやったんですって、髪の毛で隠しながら自分にできることを。
そしたら友達が2人、3人と増えていって、気づいたらお母さんも応援してくれた。そして気づいたらクラスの担任の先生がみんなに言ってくれた。それが一学年全部に広がり、最終的には全学年に広がって、何ヶ月か続けてプラスチックストローを数万本削減したというお話を聞いたんです。それって、すごいことだと思うんですよね。1人がストローを使わない、本当に小さなことだと思いますが、それが波及して大きな効果を生む。実はそれで市長を動かして、全小中学校にアナウンスされたという、ものすごいことになったんです。これ、鎌倉市のお話です。何かね、人が言うからどうのっていうことじゃなくて、やはり自分で海のことを学んで、自分でできることを考えるというのが大切だと思います。そうすると気持ちが入るので、それを続けられるし、周りに広がるということだと思うんです。
本当にやりたいことで収入を得るまでの3つのフェーズ
この番組では「暮らしと仕事のバランス」にも着目しているのですが、片山さんが思いっきり楽しんでいらっしゃる暮らしと仕事のバランス感覚とか、時間比率みたいなことで言うとどうでしょう? どんな感じですか?
そのバランスはとっても大切で、これはやはり私も人生の中で変わってきているんです。最初私は公務員をしていたので、もうその時間は「勤務」じゃないですか。仕事とプライベートが完全に分かれるんですよ、白黒で。例えば私は、朝は4時から6時くらいまで毎日サーフィンしていました。そこから着替えて急いで市役所に行って、8時半ジャストから働き始めないといけない。で、夕方また7時から30分海に入って…という生活をしていたんです。でも市役所を辞めて、この団体を立ち上げて今の活動をしている時は、「仕事=遊び」「遊び=仕事」みたいな、なんだか境い目がよく分からなくなっちゃった。これが「楽しさはタフだ」ということなんです。
そして、「自分では遊んでいるんだけど、これを仕事にしなきゃいけない」とか、「仕事をしてるんだけど、これは自分がやろうと思ったことだから楽しまなきゃならない」とか、そういう意味でのプレッシャーというか辛さというのが出てきたのが2段階目でした。
これが今、第3フェーズになりまして、本当にやりたいことで自分の収入も得られるということを自分の中では理想としているんですよね。もちろん辛さもありますけど、自分が本当にやるべきことを見つけて、自分がそれに心から本気になれて楽しめる。もちろん収入を得るということは価値を出さなきゃいけないので大変なんですが、結果的にそれが仕事になっているということですね。だから「仕事と遊びの割合はどれぐらいですか?」と聞かれたら10:10みたいな感じですね、私の中では。妻に言わせると「あなた24時間仕事してるわね」と。すごい怒られるんだけど、違う日には「あなた24時間遊んでるわね」とも言われるんです(笑)。「いやいや、仕事だから」ってその時は言うんですけど。だから何か、仕事とプライベート、仕事と遊びが一体になっているという感覚ですね。
第3フェーズとおっしゃっていましたが、小室さん、河野さん、これはやはり「継続」ですよね
そう思います。そこに至るまでは簡単じゃないし、同じように始められる方も多いと思うんですが、やめてしまう人も多い。片山さんが第3フェーズまで来ているのは、まさに「継続」したから。
片山さんは、どれがいいですか? 第1フェーズ、第2フェーズ、第3フェーズ、どのフェーズがいちばん幸せですか?
第1フェーズがいちばんラクでしたね(笑)、給料もらえるから。よく言われるんですよ、「そういうのいいですね」って。でも絶対真似しない方がいいよって言ってますからね。サラリーマンをやっていて、「仕事辞めて、NPOを立ち上げて社会課題のために頑張りたいんです」という人からたまに相談を受けるんですけど、いや、ちょっと待てと。まず仕事は続けながらやってみて、退職とかしない方がいいよって、必ず言いますから。今は仕事しながら副業としてNPOをやることもいくらでもできるし、そこでやはりちゃんとやって軌道に乗ってきて、確実に見通しが立ってるという状態でないと、私はおすすめしないですね。私は全く見通しなく辞めちゃった方だから。その間10年苦労しちゃったから、もう1回同じことをやれと言われたら絶対にできない。
「働く」において、職種や働き方よりも大切なこと
片山さんにとって「働く」って、どういうことですか?
「自分の天命を生かし切って、社会に貢献する」ということです。私にとっては。それがやはりとても大切で、仕事に良いも悪いもないじゃないですか、全てなんらかの形で世の中に貢献しているので。そして働き方もそれぞれでいいと思うんです。それはサラリーパーソンでもいいし、自営でもいいし、なんでも。でも重要なのは、自分の能力や役割を生かし切ること、全て最大限に活用するということですよね。それが自分にとっていちばん幸せだと思うんです。なおかつそれが結果的に社会の役に立つということだと思います。僕はサーフィンをずっとやっている時すごく楽しかった。365日、朝4時から毎日2時間やって。でもふと思ったんですよ、「これはあまり社会のためになっていないな」って(笑)。プロサーファーになろうかとも思ったんだけど、プロになってもちょっと食えないし、と公務員やりながらそこは挫折したんですが。
それでふと考えた時に、市役所の窓口業務も市民20万人のためになってる、何らか役に立ってるんなと思ったんです。その切り替えというのが、私の中では大きなターニングポイントで、今まで市役所の仕事はサーフィンに比べたら退屈で遊びの方ばかり考えていたけれど、これはそうでもないかもと。それで仕事を頑張り始めて、結果的に良い方向になったんです。自分の能力や得意なことがあるじゃないですか、人それぞれに。それをやはり生かし切って、社会のためになること。それが私は「働く」ということだと思っています。
& Column
まだ満たされていない社会のニーズに、自分をどう与えることができるか
「仕事とは労働に対して対価をもらうこと」という観念から出発すると、自分が差し出した時間や労力、価値に見合う報酬額はいくらなのか、より良い条件は他にないのか、そんなことばかり気になってしまいがちです。引き換えに何かを「もらう」ことよりも、自分が「与える」ことを考えてみる方が、心豊かに仕事に向き合えるかもしれません。社会の中のまだ満たされていないニーズに対して、私が与えられるものは何か? 「好き・得意・強み」のもう一つ上の視座から、これからの社会に必要だと思えることを見つけ、そこに自分をどのように与えることができるのかを考えてみる。昨今は「働くスタイル」ばかりがフォーカスされがちですが、「家で仕事できた方が楽」「9時5時で拘束されるのは嫌だ」「仕事と遊びが一体だって言えるのはかっこいい」などの未熟な自我に振り回されず、真に心豊かに働くために「自分を与えたくなる何か」を発見することにこそ、力を注ぐ価値があるのかもしれません。(森田マイコ)
今回のゲスト
片山清宏(かたやまきよひろ)さん
一般社団法人日本ブルーフラッグ協会 代表理事
1975年生まれ。藤沢市出身。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。1999年 厚木市役所入所、2005年 イギリス・スウェーデンに海外派遣、神奈川県庁を経て、2010年 松下政経塾に入塾(第31期生)。2013年 NPO法人「湘南ビジョン研究所」を設立(理事長)、海の環境問題に取り組む。2014年 市民主体のまちづくりビジョン「湘南都市構想2022」を策定し「マニフェスト大賞(優秀賞・審査員特別賞)」受賞。海岸の国際環境基準「ブルーフラッグ」の認証取得を推進し、2016年に鎌倉の由比ガ浜海水浴場でアジア初取得。2016年 セブン-イレブン記念財団「環境NPOリーダー海外研修生」としてドイツで環境政策を学ぶ。2018年 海の環境教育に特化した市民大学「湘南VISION大学」を設立・開校(学長)。2020年「かながわ地球環境賞」受賞。2021年「海と日本プロジェクト in かながわ実行委員会」委員に任命。2022年4月、一般社団法人日本ブルーフラッグ協会を設立、代表理事に就任。ブルーフラッグを日本全国に広げていくため、ブルーフラッグ取得に必要な各種調査、取得支援、環境教育、イベント・シンポジウム、研修・人材育成などを実施している。
Webサイト▶ 一般社団法人日本ブルーフラッグ協会