【鎌倉FM 第82回】ドキュメンタリー映画「ここにいる、生きている。~消えゆく海藻の森に導かれて~」が私たちに問うもの
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& Column
ドキュメンタリー映画「ここにいる、生きている。~消えゆく海藻の森に導かれて~」が私たちに問うもの
世界中でも最も恵まれた海を国土の全方位に持つ島国 日本。太古の昔から、日本人は海と共に生き、近海で採れる昆布やワカメなどの海藻や、その海の森に群がる魚介類を、五穀と共に食の基本としてきました。その食生活は、今や健康長寿を願う世界中の人々の間に広まり、地球を代表する優れた食文化として認められています。
ところがその豊かだったはずの海が、水面下ではすでに荒廃した砂漠と化していることを、私たちは事実として知らねばなりません。地上では依然として熱帯雨林の破壊と消失、地球温暖化が恐ろしいスピードで進むと同時に、海の森も、海水温の上昇に伴うウニの異常増殖や食植生魚類の北上による食害、異常気象や生態系の破壊などにより、海藻の新芽が育つことができない、ハゲ山のような「貧しい海」へと様変わりしてしまっているのです。日本近海の水温の上昇スピードは世界平均の2倍という厳しい報告もあります。
コロナ禍をきっかけに都内から海の街 逗子へ家族と共に移住してきた長谷川友美さんが今回のゲスト。駅に降りた瞬間に感じる海の気配に癒され、子育ての時期とも重なり、逗子での暮らしが人生のクォリティを大きく変えてくれたと言います。長谷川さんに限らず、こうした「替え難い生きる幸せ」というものの手触りを、湘南エリアへの移住を機に初めて知ったという人は少なくないのではないでしょうか。
その暮らしと切り離せない、海がもたらす恩恵。しかし目の前のその海の中で、信じられないほど無惨なことが起きている。海と一続きの生活を送るようになったからこそ、我が身を痛めつけられるように辛い。だからこそ、長谷川さんは撮らずにはいられなかったのでしょう。海と、そこに生きる人々の、声にならない叫びを。
アメリカの政権が変わり、自国や経済優先の風が再び強く吹いている今、私たちの国もまた、その影響を受けつつあります。最近は「SDGsはもう古い」とか、「サステナビリティ部署の予算が大きく削減された」という話もよく耳にします。そこで最も重要なのは、「私」は何を選ぶのか?ということ。「私」にとっては何が真実で、どんな世界を生きたいのか? 長谷川さんが渾身の力で制作したドキュメンタリー映画「ここにいる、生きている。~消えゆく海藻の森に導かれて~」が問うのは、「私自身」なのです。
映画監督という生き方はお勧めできるものじゃないと笑う長谷川さん。作品を制作しても、それが売れるかどうかは分からない。定収があるわけでもない。明日をも知れぬ不安定極まりない仕事だそうです。しかし、撮ることをやめたら、きっと長谷川さんは長谷川さんでなくなってしまうのでしょう。自身の命が要請するから、映画を撮らずにはいられない。だからこそ、ライフもワークも分けることなどできない。芸術家の生き方とは、そのような究極の所にあるものなのだと思います。
そうした生き方を許し支えてくれる家族に感謝していると、長谷川さんは語っています。彼女にはすべきことがあるからこそ、この家族や環境を引き寄せたのだとも言えそうです。だからそれをひっくるめて、在ればいい。彼女が眩しく見えるのは、映画監督だからでも、才能があるからでもなく、自分自身が人生でやるべきことを自覚し、そこに真っ直ぐ取り組んでいるからではないでしょうか。
その時、ライフもワークも子育ても、全てがひと塊の「私」になっている。その姿は完璧ではないし、てんやわんやで毎日が全力疾走。自分でも時々嫌になる程、不恰好で失敗だらけ。でも自分の奥底に、「自分は今これでいい、この道を行けばいい」という一筋の確信があるから、前を向き続けることができる。
私たちが掴みたいのはきっと「自分の生き方への確信」のようなもの。そしてそれは、どんな仕事をしているかとか、お金をいくら稼いでいるかとかいう問題を超えた所にあるような気がします。
(角 舞子)
今回のゲスト

長谷川 友美(はせがわ ゆみ)さん
映画監督
1982年生まれ、東京出身。一児の母。
邦楽演奏家の両親のもと幼少期から芸術に親しみ、日本大学芸術学部で映画制作を学ぶ。
撮影監督として活動後、2021年に監督作『The Taste of Nature』で国際映画祭受賞。
逗子へ移住後、海の環境問題をテーマに全国200人超を取材した新作『ここにいる、生きている。』を監督。
映像を通して「見る人自身が答えを探す」きっかけを届けている。




