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& Column
地域と生きるためのキャリアデザイン
私が鎌倉で最初に住んだのは、まさに、今回のゲスト 今村広太郎さんのご実家がある名越の四つ角の近くです。JR横須賀線の線路に沿うように走る県道311号沿いに逗子方面へ歩いていくと、駅前の賑わいは少しずつ和らいでいく一方で、この地で暮らす人々の生活の気配と、遠くから潮風と共に運ばれてくる海の囁きのような気配が次第に色濃くなっていくエリア。駅からの20分ほどの家路を歩く間に、当時働いていた東京からまとってきたバイブレーションが抜けていき、安心感へと着地していく感じが大好きでした。
鎌倉の中でもローカル感の強いそんな大町エリアで、約100年前に酒屋から始まった「今村酒店」は、1997年に新事業として鎌倉ビール醸造株式会社を立ち上げ、今に至ります。幼い頃から祖父と父が働く背中を見てきた広太郎さん。「地域」というフィールドが、東京一極集中の時代を経て、新たな価値を伴って再発見された今こそ、「鎌倉で家業を継ぐ」ことが羨ましいほど眩しく見えますし、広太郎さんがどのように事業をアップデートしていくのか、その未来も楽しみでなりません。
「ローカルビジネス」という言葉もよく使われますが、広太郎さんの知る「地域コミュニティのよりどころ」としての酒屋、お酒と共に地域の人々の生活に潤いを届ける仕事としての酒屋には、ビジネスよりももっと生命感のある「生業」や「家業」という言葉がふさわしいように思います。地域に生かされ、地域を生かす仕事としての「生業」。先祖から受け継がれてきた家と地域に感謝し敬うからこそ、「お天道様が見ている」と真摯に取り組む「家業」。先代からの精神を、若き経営者である広太郎さんが素直に受け継いでいることに心が洗われます。広太郎さんにとって「働く」とは、「誰かの人生の一部となること。誰かの役に立ちながら日々生きること」。その「誰か」の顔がよく見えるのが地域での仕事です。この土地で生き、働き、暮らし、次世代へと譲り渡していく。そうした地域に根ざす循環の中に自然体で生きている広太郎さんの生き方が、美しく思えるのです。
私たちは若き日に故郷を後にし、そうした地元の循環から一度は根っこを断ち切ってしまったのだけど、無意識のうちにもう一度そういうものにつながりたくて、東京の次の着地点として鎌倉や湘南を選ぶのではないでしょうか。このエリアの根底に流れているのは、広太郎さんのような地元で生きる人々の醸し出す、土から生えたものの絶対的な安定感とつながり。だからこそ、移住者にとっては憧れを掻き立てられ、同時になぜかホッとする町なのです。
働き方や生きる場所を自由に選べるようになったこの時代、例えば鎌倉ビール醸造株式会社のような、本当に地域に根ざした企業に勤めてみるという選択肢も大いにあります。個人のマイクロビジネスよりは大きくて頼りがいがあり、都心の大企業よりは手触りが分かりやすい。個性を存分に表現でき収入も補強できる個人的副業を育てつつ、地域に属して働くことを選んでみるというキャリアデザインもあります。人生のしかるべき時が来たら、故郷とのパラレルワークだってできるかもしれません。
自分が生きたい場所や地域、人々との関わり方も含めて、自分の仕事を人生のステージが変わる度にデザインし直してみること。それはこの上なく楽しい作業ではないでしょうか。
(角 舞子)
今回のゲスト
今村 広太郎(いまむら こうたろう)さん
鎌倉ビール醸造株式会社 代表取締役
1986年鎌倉生まれ、鎌倉育ち。
鎌倉ビール醸造株式会社は、鎌倉市に本社を構える同社にて、クラフトビールの製造・販売を手掛けています。また、地元の農家や企業とのコラボレーションを積極的に行い、地域密着型の製品開発を推進しています。
今村さんは鎌倉青年会議所のメンバー、鎌倉市消防28分団のメンバーとしても活動しており、地域社会との連携を深めています。